コミュニケーションの工夫
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■対人関係というストレス
人は対人関係の中で暮している生き物です。対人関係にはほどほどの距離というものが必要であって、誰でもたまに一人でいたくなるものです。一方、何も言わなくても側にいてくれる人がいるとほっとした気分になるものです。あらゆる人が、人の間で支えられながら、他のほうでときどき人との関係を負担に感じたりもしています。人との関係に喜びがあり、悲しみがあり、つらさ、安心感、妬み、なごみなどさまざまな気持ちがわきます。胃が痛くなったり、食欲がでたり、眠れなくなったり、、胸がどきどきしたりといったように、体も反応するのです。つまり対人関係は人の体や心に影響を与えます。
■患者さんの周囲のストレス
統合失調症という病気は、人をストレスに対して脆くします。健康なときは影響がなかったようなことが、結構負担になって、体調を崩してしまうことがあるわけです。ストレスには仕事や勉強上のストレス、体の疲労などのストレス、予期せぬ出来事に遭遇したときのストレスなど、いろいろありますが、人との関係で生じるじわじわとしたストレスも無視できません。患者さんと周囲の人々の間がうまく調整できて、互いに和める居心地のよい環境であればそれは病気のためにもよく、人の成長という観点からも好ましいといえましょう。ところが残念なことに、統合失調症の患者さんと周囲の人々との関係は、往々にしてストレスの高いものになりがいちです。これは誰の責任と一概にいえません。まず統合失調症という病気自体が「予期せぬ出来事」として患者、家族双方のストレスになります。症状のわかりにくさもストレスの元でしょう。たとえば幻聴という症状は、患者さんには不愉快な内容が絶えず聞こえているので、それだけでもつらいことですが、周囲の人もたいていは体験がないので訴えられてもピントこずにもどかしい思いをするはずです。
「そんな声聞こえるわけがない」と言っても、患者さんには実際に聞こえているわけですから、幻聴をめぐる会話はしばしば互いの意見が食い違ったストレスの高いものになります。また、働き盛りの人が働くこともできないことは経済の問題を生じて、「どうして働けないの!」という言い合いを生みやすいでしょうし、病気に対する社会の偏見があることや安心してかかれる医療機関が身近にないことなどもストレスを加重させるでしょう。このような関係に置かれる人はしばしばゆとりがなくなり、よけいに対人関係がギクシャクすることになります。一例をあげれば、患者さんが一日中部屋に引きこもったきりだと、朝はちゃんとおきられないのものかと、家族は思ってやきもきします。そのため、つい小言がでたり、あるいは心配のあまり家を離れられなくなることもおきがちです。すると、そのことが患者さんにとってはよけい負担となり、敏感な人は「家族がこんなにピリピリしているのはまわりの人から狙われている証拠」と疑ったりしていよいよ引きこもりを強め、またそのことが家族に失望を与えるという悪循環が生じるわけです。ついには、このようなストレスに弱い患者さんは、神経の敏感さが高じて再発の危機に見舞われることもあります。
■家族の対応で、ストレスを和らげることは可能です
したがってお互いに和める居心地のよい環境を作るには、普段と多少異なった工夫がいろいろ必要になります。病気のために引き起こされたお互いのぎくしゃくを変えていくのに、病気の特徴をつかんだ上で、行動の仕方や、ものの見方を家族でわずかでも変えることができれば、それが対人関係の変化となってよい影響を患者さんにあたえるのです。患者さんとの関わりは食事や服薬をめぐる必要最小限の機会にして、患者さんが引きこもることを保障して、見守りながら少しお互いにのんびりできる時間を持つようにします。このような工夫を重ねていくときの鍵になるのが「感情表出」です。
■感情表出
Expressed Emotion、EE尺度:対人関係のストレスを測定しようとする尺度
:表現された感情という意味:否定的な感情表現、肯定的で良いこと探しの表現の割合
:否定的コメントが多い家族を高いEE家族、楽天的であたたかい家族を低EE家族と呼ぶ。
EE尺度ではストレスになるであろうと考えられる感情はおおざっぱに言って二通りあると考えられます。
@批判的な、敵意のある感情に属するもの。相手が嫌いだ、相手のしていることに強い不満がある、あるいはもう顔も見たくないという拒否的な気持ち。
A心配のしすぎ、過保護、過干渉と言ったことに属するもの。たとえば、心配のあまり側を片時も離れられないとか、ひどく自分の生活を犠牲にして相手につくしているとか、話している途中から気持ちがこみ上げて泣いてしまう、などです。そしてこれらの批判、敵意、心配のしすぎの感情があまりにも高い場合を高EE、低い場合を低EEの状態と言います。
▽EEと患者さんの再発率
入院時に高EEと評価されるような状態にあった環境では、退院後9ヶ月経過しての再発率が45.7%と高いのに対して、低EEと評価された環境では再発率は8.1%と格段に低い値がでました。
どうも統合失調症にかかると神経が過敏になりやすく容易に安心感が損なわれるため、周囲の人とのストレスが単なる気持ちの揺さぶりにとどまらず症状の不安定さを引き起こしてしまうようなのです。
全体、退院9ヵ月後の再発率:26.5%
↓
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↓ ↓
低EE:8.1% 高EE:45.7%
↓ ↓
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↓ ↓ ↓ ↓
服薬遵守良 服薬遵守不良 服薬遵守良 服薬遵守不良
6.7% 16.7% 40.0% 60.0%
▽家族自身のストレスを和らげることが大切です
患者さんにストレスをかけてはいけないということを大切にするあまり、心配している気持ちを無理やり抑えようとしてたり、(胃が痛くなったり眠れなくなる)叱りたい気持ちを抑えようとしたり(誰かに八つ当たりしたくなる)、あるいは患者さんの望むことはすべてかなえてあげるといった、極端なことはしないで下さい。いずれも自分に素直でなくなるわけで、そのままではどこか不自然さを生じるわけです。EE尺度でチェックされる批判や敵意、心配のしすぎが高まるときとは、それを語る家族自身も高いストレスを抱いています。
大切なことは、患者さんの感じるストレスも低くなるが、家族自身も自分のストレスを上手に和らげる事ができるようになるということです。EEの研究の結果は、家族が抱えるストレスが減って家族が生き生きできるときには、患者さんにもよい影響がおきて再発率も下がると理解していただきたいです。
▽「感情表出」のうえでの工夫
患者さんと身近な人とのあいだで敵意や批判のある言葉が頻繁に交わされていたり、逆に心配のあまりお互いの距離が短くなり、患者さんをかまいすぎたり干渉しすぎがりしている関係では、統合失調症の患者さんは不安定になりやすいものです。そしてそのことがまたお互いの悩みの種になりがちです。
〇ものの見方で気持ちが変わります。
基本は家族の皆さん自身が楽な気持ちになるということ。患者さんの症状がよくなればきっと気持ちがよくなる、彼が仕事ができるようになったら喜ばしい・・・と思いますが、病気もなかなか手ごわい相手です。ときとして進歩はゆっくりであり、患者さんや家族の願いとは別に、思ったより回復が進まないこともおきてきます。そんなときもやけにならないで、いろいろな気持ちを抱えながらも、前を向いて生きていけるように工夫しましょう。(大変むずかしいことですが、、病気のことばかりの情報ではなく、他の励ましとなる本や映画、情報などにも接して、頭にちょっと余裕を作りましょう。)
EEの調査で「もう少し努力すればできるはずなのに、病気のせいにして腹がたつ」といったものの見方が、批判的になりやすい原因でした。それにたいして、「これは病気のせいだから、カッカしても仕方がない。彼のがんばりが病気のために妨げられているのだから、大目にみましょう」とちょっと距離を置いた見方ができると、あまり批判的にならなくてすみます。
〇情報も力になります
情報を正しく知ることで、理解や対処法を知ることができます。主治医や保健師、精神保健福祉士など身近にいる専門家に病気のことを尋ねてください。またこのHPを活用下さい。
しかし理屈が分かっても、それでも腹がたったり、気持ちや心配が簡単に治まるものではありません。それも自分なりに工夫することで解決できます。必ず道はあります。永遠に続くトンネルはありません。必ず出口があります。そして止まない雨がないのと同じように、必ず晴れた空がやってきます。
■イライラしすぎを減らす工夫
患者さんと家族の関係が批判的な言葉の応報になったり、敵意に満ちた言葉のやりとりに終始するような関係は、患者さんにも家族にもストレスになります。頭では分かっていてもなかなかやめられないものです。
自分のいいたいことと気持ちを相手に伝えて、かつ相手を必要以上に傷くけないそんな工夫について考えて見ます。
▽「私は〜という気持ちになっている」という言い方をしてみましょう
否定的言い方「どうしておまえは何もやらないで寝てばかりいるんだ。少しはおきて手伝ったらどうなの」
肯定的言い方「お前が何もやらないでいるのを見るのが、私はつらいな。お前が手伝ってくれたら、私は嬉しいな」
否定的言い方「なんて飽きっぽいんだ。もっとちゃんと片付けろよ」
肯定的言い方「お前が飽きっぽいのを見ていると、つい俺は腹がたってしまうんだ。」
「私は〜と感じている」と、気持ちを表現することを心がけると自然に相手を直接責めることばが減ってきます。相手も自分は相手にそんな気持ちを与えていると考えてくれるかもしれません。
これは自分の気持ちを相手になるべく的確に伝えるための技法です。
▽「〜するな」のかわりに、「〜できたらよいね」と言ってみましょう
否定的言い方「夜遅くまでおきていちゃダメ」
肯定的言い方「もっとはやく寝られるといいね」
否定的言い方「家の中にばかりいちゃダメ」
肯定的言い方「あなたが外に出るとことができるとわたしは嬉しいな」
否定型で命令するよりも、「こうあったらいいと」いうほうを口に出すのです。
具体的に期待されている内容を言葉にしてもらったほうが、人は変わりやすいです。
▽言葉かけの工夫は、ゆっくり関係を変えていきます。
腹を立てていたとしても、言葉かけの仕方によってずいぶん伝わり方が違うものです。感情が先走りしたものの言い方は、どのようにしても相手を構えさせてしまいます。言いたい内容が相手にはねつけられずに相手の心に届くようにするための工夫が大事になるわけです。
言葉で人はすぐには変わらないかもしれませんが、積み重ねているうちにコミュニケーションは次第にスムーズになっていきます。さらに大切なのは、あなたが言葉かけに工夫していると、いつしか相手もあなたのやり方をまねることが始まるのです。こうしてお互いの緊張が少しほぐれると、少しは相手をほめるチャンスが増えるかもしれません。
▽家族以外に自分の気持ちを話せる相手をもちましょう
ときには怒りのあまり余裕がなくなり大変つらいときがあると思います。その時は家族以外に自分の気持ちを素直に言える人や場所を確保することです。どんなに健康な人でも家族以外に話し相手がいない場合は、気分転換をはかるのはむずかしいものです。古くからの友人など少し離れているが気持ちをわかってくれる相手とときどき話すことで、気持ちがさっぱりしたり、考えていることが整理できたりするのは、私たちもよく体験することです。そこで得る事ができた暖かい気持ちがまた、身近な人との関係をよくしていきます。
家族それぞれが、ひとりっきりで過ごす時間をもって、そのことをお互いに大事にできるとよいと思います。たまには病気のことも忘れてのんびりする、そういう時間があってこそゆとりが生まれ、コミュニケーションもスムーズになります。
■「心配しすぎ」を減らす工夫
▽「心配のしすぎ」はおもいやりがあるために生じる「悪循環」です
心配しすぎの人はたいへん患者さんのことを親身になって考えている人です。相手のことを思いやる心がなければ「心配しすぎ」にはなりようがないわけです。この思いやりの心は患者さんを支える基本ではありますが、「しすぎ」となると、心配する⇒接し方を工夫してみる⇒うまく行かない、あるいは悪くなる⇒よけい心配する⇒無理して頑張る⇒かえって失敗する、という悪循環が生じます。
しかも「しすぎ」の状態では、こちらも疲れ消耗していることが多く、そうすると普段より否定的、悲観的な考えが強くなりがちです。つまり相手を信用できない、他人は頼れない、共倒れになるまでがんばるしかない、などと考えがちです。心配しすぎからの回復とは、いま困っている状況に上手に対処できるようになることであったり、こちらの感じている消耗感を癒すことであったりします。「ほどほど大丈夫」ということを自分で納得できることといえるかもしれません。
〇心配の種の「わからないこと」はどんどん聞きましょう
たとえば「ごろごろしているのは怠けなのか、病気なのか」、わかればもっと安心できることが、たくさん出てきます。このような疑問をそのままにしておくと、しばしば「心配しすぎ」の種になります。本人に何でも聞くように励ましましょう。また家族も同じように何でも聞いてみましょう。主治医や看護師、精神保健福祉士に遠慮なく、どんどん聞いてください。その時は質問はひとつ、多くて二つ。
〇患者さんにつくしすぎる必要はありません
「患者にストレスをかけるのがいけないと教わり、なんでも言いなりにしています。」とか「惜しみなく愛情を注ぎなさいといわれ、決して叱りません」といわれる家族がいます。家族も生身の人間です。「いや」「困った」と言えてこそ、、健康な人間関係が保てるのです。もしも自分の生活時間のうち、もっとも多くを占めているのが患者さんのケアのための時間であると感じるなら、その時間を減らすことはあっても、もっと頑張らねばと思う必要はないと思います。人は自分のことを大切にできてこそ、他人にも上手に関われると思います。
また過去の自分の行動をあれこれ悔やんで自分を責め、現在無理して頑張っている人もいらっしゃるでしょう。でも過去にしてきたことが本当に誤りだったかどうかなど誰にもわからないのです。大切なのは現在とこれからの未来なのです。今後、患者さん、家族が、お互いに犠牲を強いることなく、ほどほどに暮して行くことができれば、それがよいのであって、過去にしばれれすぎる必要はないと思います。
〇自分の体を大切にしましょう
患者さんだけでなく家族も睡眠の確保、適度な運動、規則的な食事などは大切です。頭にあるのは患者さんの心配ばかりで、自分のことはそっちのけというときは、要注意と思ってください。
〇気持ちを聞いてくれる人を大切にしましょう
家族教室や家族会などの集まりに参加することは、気持ちを分かち合える人々との新たな出会いの可能性をつくるのに役立ちます。また楽しい体験をともにできる仲間たちとのお付き合いも、ぜひ続けてください。家族がのんびりしていられること、笑顔でいられることは、患者さんにとっても、きっと安心のもとです。
■家族が知っておいて欲しい7か条
1、ゆっくり急がずいきましょう
回復には時間がかかります。時が解決してくれることもあるのです。焦る気持ちは当り前ですが、ちょっとそれを抑えましょう。
2、一息入れる時間や場所を作りましょう
家族にも本人にも必要です
3、ルールは簡潔に、はっきりと
暮らしのうえで必要なルールはあります。それを家族みんなが分かるようにしておくことが役に立ちます。
4、変えられないことは無視しましょう
物事によっては、そのままにしておいたほうがよいこともあります。暴力は別ですが。無視せず相談してください。
5、家族は従来通りの日課で過ごしましょう
平常時の生活パターンにできるだけ戻しましょう
6、再発のサインを知りましょう
早めに相談することはよいことです。
7、問題解決は一歩ずつです。
変化は徐々にです。一回に取り組む問題はひとつにして、肩の力を抜きましょう。
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